Atelier
直せない時計は、つくらない。
1952年、諏訪の部品工場の一角を借りた修理屋として始まりました。つくる側に回ったのは、それから19年後のことです。
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1952
諏訪、六畳の修理台
創業者が部品工場の一角を借り、懐中時計の修理を始めます。当時の帳面には「直せませんと言った日は、必ず理由を書くこと」という一行が残っています。この一行が、いまの工房の方針そのものです。
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1971
最初の1本
他社の汎用機を載せた自社ケースの腕時計を12本製作。すべて知人に配り、5年後に全数を回収して摩耗を調べました。この記録が、のちのキャリバー設計の下敷きになります。
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1984
安曇野へ移転
工房を安曇野の廃校となった木造校舎へ移します。理科室が組み立て室、職員室が事務所。いまも同じ建物を使っています。
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1996
キャリバー R-52 の初号機
自社設計の手巻きムーブメントが完成。設計から量産形状の確定まで11年かかりました。番号の52は、創業年から取っています。
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2011
部品図の全面公開(工房内)
全部品の図面を工房の全員が引ける形に整えました。「担当者がいないから直せない」を無くすためです。以後、退職者の担当個体も止まらなくなりました。
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2020
継承の記録を始める
お預かりした個体の整備履歴を、持ち主が変わっても引き継げる形で保管し始めます。現在1,840本ぶんの記録があります。
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今
12人、年48本
職人8名、事務2名、修復専任2名。増やす予定はありません。増やすと、二度組む工程から先に消えるからです。
74創業からの年数
1,840記録のある個体
3,412累計の修復本数
11順番待ち(か月)
Visit
工房見学
月に2回、各回4名まで。組み立て室に入っていただき、二度目の組み上げの工程を見ていただきます。所要2時間、無料です。
音を立てない靴でお越しください。テンプの調整中は、床の振動が数値に出ます。
| 名称 | 黎明堂時計工房(架空の会社です) |
|---|---|
| 創業 | 1952年 |
| 所在 | 長野県安曇野市(架空の所在地) |
| 人員 | 12名(職人8・修復専任2・事務2) |
| 年間生産 | 48本 |
| 営業時間 | 10:00 – 18:00 |
| 定休 | 水曜・木曜 |
| 見学 | 月2回 / 各回4名まで / 要予約 / 無料 |
「うちの時計は、
買った人より長く生きる。
だから、名前を彫る。」 工房の帳面より — すべて創作です